大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和36年(ワ)4588号 判決 1964年3月30日

原告 国

訴訟代理人 山田二郎 外二名

被告 南都交通株式会社 外一名

主文

被告らは原告に対し各自金六二万四六八円及びこれに対する昭和三四年一二月二四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事  実 <省略>

理由

一、被告会社は旅客運送を業とする株式会社であり、被告青木は同社にタクシー運転手として被用されていたものであるところ被告青木は昭和三四年四月五日被告会社の運行の用は供するため、小型四輪自動車(大五う〇三四八号)を運転して大阪市東住吉区西鷹、合町一丁目一一番地先道路を北から南に向つて進行し交差点にさしかかつた際、同交差点を西から東に向つて進行してきた訴外第一交通株式会社所属のタクシー運転手金山三巌の運転する小型四輪乗用自動車(大五い八五七八号)の左ドア前部に衝突し、同人に頭部打撲傷、脾臓破裂等の傷害を負わせたことについては当事者間に争いがない。

二、被告青木の過失の有無(被告青木に対する関係のみ、被告会社に対する関係では原告が被告会社に対して主張するのは自動車損害賠償保障法第三条に基く損害賠償請求権であるから被告会社において被告青木に過失がなかつたことを立証すべきである)

成立に争いのない甲第七号証、証人金山三厳の証言及び被告青木本人尋問の結果(但し後記信用しない部分を除く)ならびに本件弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。

本件事故当時の天候は雨上がりで霧がかかり見通しが悪い状況であつたこと、本件事故が発生したのは深夜であつて事故現場付近を通行する車輌は殆んどなかつたこと、本件の交差点では交通整理が行われていなかつたこと、訴外金山が進行してきた道路は幅員約一〇メートルの道路であり、同人は本件交差点を除行することなく時速約四〇キロの速度で進行してきたこと、同人は特に道路の横側を注意していなかつたこと、被告青木の進行してきた道路は巾員約五メートルの道路であり、被告青木は本件交差点を除行することなく時速約四〇キロの速度で進行してきたこと、被告青木は広い道路に出る直前に訴外金山の車のヘッドライトを見付けてブレーキを踏んだが及ばず同人の車に衝突したものであることを各認めることことができる。右認定に反す被告青木本人尋問の結果の一部は信用できない。

そして右認定の事実からすれば、本件の交差点では交通整理が行われておらず、且つ被告青木の進行してきた道路よりも訴外金山の進行してきた道路の方が明らかに広い場合であるから道路交通法上被告青木は本件交差点に入るについて除行すべき義務があり(同法第三六条第一項)、且つ本件事故当時は深夜であり現場付近を通行する車輌が殆んどなかつたとはいえ、雨あがりの霧のために見通しがきかない状態にあつたのであるから、特に被告青木において本件交差点に入るに際し、一旦停止し或いは最除行をすべき注意義務があるにも拘わらず、これを怠り漫然時速四〇キロの速度で進行した被告青木に本件事故の発生についての過失があることは明らかである。

三、訴外金山のこうむつた損害、治療費

本件事故により訴外金山が頭部打撲傷、脾臓破裂等の傷害を負うたことについては当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第二号証の一ないし五及び証人金山三厳の証言によれば、訴外金山は前記傷害のため、昭和三四年四月五日から同年六月三〇日までの間に六万五五二八円、同年七月一日から同月三一日までの間に二五七〇円、同年八月一日から同月三一日までの間に二七二〇円、同年九月一日から同月一一日までの間に一一四〇円の治療費を支出したほか、同年四月五日から同年五月四日まで付添婦矢野裕喜江の付添をうけた費用として一万二九〇〇円を支出し、合計八万四八五八円の治療費の支出を余儀なくされたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

四、訴外金山のこうむつた損害、得べかりし利益の喪失

1  成立に争いのない甲第三号証の一ないし五、第八号証の一、二、証人金山三厳の証言及び本件弁論の全趣旨によると、訴外金山は本件事故当時タクシー運転手として一日宛平均賃金一一七五円九四銭を得ていたこと、同人は本件事故による前記傷害のため昭和三四年四月五日から昭和三五年三月三一日まで三六二日間休業を余儀なくされ、その間の給与の支払いを受けられなくなつたため合計四二万五六九〇円の得べかりし利益を失つたことを認めることことができ、右認定に反する証拠はない。

2  成立に争いのない甲第四号証、第八号証の一、二及び証人金山三厳の証言によれば、訴外金山は本件事故によつて受けた脾臓破裂の傷害のため脾臓摘出の手術をうけ、脾臓を失つたこと、脾臓を失つたことにより訴外金山は体力が弱く疲れやすくなつたこと、同人は昭和三五年四月一日から訴外第一交通株式会社に復職し同年七月から一〇月までの間一時タクシー運転手として乗務勤務に従事したが、結局体力的にタクシー運転手の勤務は無理であるので、昭和三五年の一一月から右訴外会社の営業所で案内係として現在まで引続き勤務していることを各認めることかでき、他に右認定に反する証拠はない。

ところで訴外金山が本件事故によつて脾臓を失つたことにより、身体が衰弱しその結果労働能力の減少を来していることは前記認定に照らし明らかであるというべきである。

そして本件身体障害はその性質上、脾臓摘出の手術後の身体衰弱から回復しその症状が安定した後においてその障害の回復を期待することはできないものと認められるから、症状安定後における訴外金山の労働能力の減少の度合は同人の今後の就労可能期間を通じてほぼ一定であると推認される。

一般に不治の障害を残し労働能力の減少を来した場合における得べかりし利益の額の算定の方法については抽象的にはそのような身体障害を受けなければ得られたこと認められる収入の額から、その身体障害が存してもなお受けられると認められる収入の額を控除した差額であると一応いえるのであるが、現実に具体的な損害を算定する方法如何は極めて困難な問題である。そこで先ず原告が訴外金山の労働能力の減少による損害の算定方法として主張している方法によることができるかどうかを検討する。

イ、原告は労働基準法、労働者災害補償保険法等の法令により、労働者が労働能力を完全に失つた死亡の場合において補償の範囲を平均賃金の一〇〇〇日分とし、脾臓を失つた場合の補償の範囲が平均賃金の四五〇日分としていることから、一般に脾臓を失えば労働能力の四五パーセントを失うものであるとし、これを基礎に訴外金山の得べかりし利益の喪失による損害額を算定すべきであると主張する。労働碁準法第七九条、第七七条、第八四条、同法別表第一第八級労働基準法施行規則第四〇条同規則別表第二第八級の一二、労働者災害補償保険法第一二条、同法別表第一、第二種第八級によれば労働基準法及び労働者災害補償保険法が、労働者が死亡した場合に平均賃金の一〇〇〇日分の遺族補償をなすべきものと定め一方労働者が脾臓を失つた場合には平均賃金の四五〇日分の障害補償をなすべきものと定めていることは原告主張のとおりである。

しかし労働基準法、労働者災害補償保険法において労働者が業務上死亡した場合に支払われる遺族補償と障害補償とはその性質を異にし、その補償の範囲の比較により労働能力の滅少の程度を定めることはできないものといわなけれはならない。

すなわちこれらの法令による遺族給付は死亡した労働者の収入によつて生計を維持していたものに対しその者の生活を保障するために給付されるものであるのに対し、障害補償は業務上の負傷もしくは疾病により身体に障害を残した労働者に対し、その者の今後の生活を保障することを目的とするものであるからである。従つてその障害の程度によつては障害補償の方が遺族補償よりも多いこともありうるのであつて(労働基準法別表第一の第一級、第二級、第三級の障害についてはそれぞれ平均賃金の一三四〇日分、一一九〇日分、一〇五〇日分を補償すべきものとしていることからも明らかである)原告の主張は採用できない。なお労働基準法が身体に存する障害のうち最も高度のものと認められる障害について、障害補償の範囲を一三四〇日分とし、脾臓を失つた場合における補償の範囲を四五〇日分としていることから、一三四〇日分の障害補償をなすべさ場合は労働能力の全部喪失の場合であるとし脾臓を失つた場合の労働能力の減少が三三・七パーセント(四五〇を一三四〇で除したもの)とすることもできない。すなわちこれらの法令が補償の範囲を法定するに当つて医学的或いは従来の統計的根拠に基いて身体にある障害を残した場合に労働能力減少の程度を考慮していることは明らかであるとしても、労働能力の減少の程度だけを唯一の基準としているとはいえないし、又これらの法令においてはその補償の性質上迅速に給付がなされる必要が存するため、補償の範囲について紛争が生じその給付が遅滞することのないよう、補償をうけるべき者の職業、年令などを一切捨象し、その障害の程度のみによつて劃一的に補償の範囲を法定しているのである。ところで身体の障害による労働能力の減少の程度を考えるに当つては、同じ脾臓の喪失といい両眼の失明といつてもその人が現に従事している職業が肉体的労働であるか、精神的労働であるかにより、或いはその中の個々の職業によつて異つて来ざるを得ないのである。

もとより、死亡、身体障害などによる財産的損害の立証の困難さから不法行為の被害者が十分な救済を受けられないおそれがあり、そのようなおそれを避けるために不法行為による生命、身体障害についてもその物質的損害の最低限度の額を法定することは立法論としては望ましいものと考えられるにしても、少くとも個々の事例ごとに具体的事情を考慮して損害額を算定すべきものとしているわがくにの不法行為法の解釈としては、他の政策的な考慮から被害者の職業、年令などの相違に基づく労働能力の減少の程皮の大小の考慮を捨象して画一的な補償の範囲を法定した前記法令に基いて労働能力の減少の程度を認定することは相当でないといわなければならない。

ロ、次に原告は訴外金山が前記障害によつてこうむつた労働能力の減少による得べかりし利益の喪失を本件事故直前三ケ月における平均賃金と復職直後三ケ月の平均賃金とを比較して算定すべきであると主張する。

原告の右主張は訴外金山の復職直後の平均賃金に同人の労働能力の減少による賃金の減少が端的に現われており、その後における同人の賃金額の増加は同人の従前以上の努力、勤続年数の伸長、経済情勢、労働情勢の変遷によつて生じたものであつて同人の労働能力の回復とは無関係なものであり、同人が本件事故に遭遇することなく従前どおりタクシー運転手として勤務していた場合にもそれに相応する賃金の上昇を受けることができたものであるとする解釈を根拠とするもののようである。

しかし少くとも本件に関する限り原告の右主張は採用できない。

その理由は次のとおりである。

成立に争いのない甲第八号証の一、二及び証人金山三厳の証言によれば、訴外金山は前記脾臓摘出をうけて病院から退院後自宅で療養を続けていたが昭和三五年四月一日から従前勤務していた訴外第一交通株式会社に復職し、案内係として勤務し、同年四月一万三八〇〇円五月一万七二五〇円、六月二万一五円、七月二万三〇一六円、八月二万七〇一九円、九月二万八九一八円、一〇月二万六八八〇円、(なお七月から一〇月までの間は前記の如く一部乗務勤務)の給与の支払いを受けたことを各認めることができる。

これらの事実から考えると当初訴外金山の給与がかなり低額であつたのは脾臓を摘出したことによる労働能力の減少がその一因であることは明らかであるにせよ一年間休養後しかも従来と全く異つた仕事についたため仕事に十分適応できなかつたこと、手術後の病状は一応回復したとはいえまだ脾臓喪失後の症状が十分固定した状態に至つていなかつたことも重大な影響を及ぼしているものと推認され、復職後半年間の給与額の急上昇(七月から一〇月までの間については一部乗務勤務に従事した影響があるにもせよ)はこれを裏付けるものというべきである。

そうであるとすれは同人の訴外会社への復職直後の平均給与が同人の脾臓喪失による労働能力減少を端的に表現するものとしてこれを基準に同人の得べかりし利益の喪失による損害額を算すべきであるという原告め主張は採用できない。

ハ、訴外金山が昭和三五年四月一日訴外第一交通株式会社に復職後同年七月から一〇月までの間一時タクシー運転手としての乗務勤務に従事したが結局その後同社の案内係として勤務していることは前記認定のとおりであり、右事実からすれば同人は引続き同社の案内係として勤務するものと推定され、一方同人が本件事故によつて脾臓を失つていなければ従前通り同社のタクシー運転手として引続き勤務しえたものと推認されるから、同人の得べかりし利益の喪失による損害の額の算定に当つては、同人が引続きタクシーの運転手として同社に勤務していた場合に受け得べきものと認められる賃金から同人が案内係として受け得べき賃金か控除した差額を基準として算定するのが妥当である。

成立に争いのない甲第八号証の一、二によれば訴外金山は昭和三五年七月から同年一〇月まで一時タクシー運転手として乗務勤務に従事して後同年一一月から再び案内係の職務に従事し同月から昭和三七年二月まで一四ケ月間各毎月二万六八八〇円の賃金の支給を受けていることを認めることができ他に右認定に反する証拠はない

昭和三五年一一月から昭和三七年二月まで一四ケ月間同一の賃金額であること、そのころまでには訴外金山の復職後かなり期間が経過し新しい職務にも親しみ、脾臓摘出後の症状も固定したものと考えられること、脾臓を喪失した場合の労働能力の減少はその障害の性質上その回復が殆んど期待できないものと考えられることなどを考え合せると右月額二万六八八〇円の賃金をもつて脾臓を喪失した訴外金山が案内係として受け得べき賃金の額であると認めるのが相当である。

本件事故当時訴外金山がタクシー運転手として一日宛平均賃金一一七五円九四銭を得ていたことは前記認定のとおりであり、これを月額に換算すると、三万五二七八円となる。訴外金山が引続きタクシー運転手として勤務した場合引続き少くとも右三万五二七八円の給与の支払いを受けられたであろうことは、公知の事実である昭和三四年から現在に至るまでの経済情勢に照らし明らかであるから、訴外金山は毎月右三万五二七八円と二万六八八〇円の差額八三九八円の得べかりし利益を失つているものというべきである。

なお成立に争いのない甲第八号の一、二によれは訴外金山の給与は昭和三七年三月以降徐々に上昇し昭和三八年六月から以後は月額三万四一七〇円となつている事実(前記認定の二万六八八〇円に比し七二九〇円約二七パーセントの上昇)を認めることができる。

しかし公知の事実である昭和三四年四月から現在までの経済情勢、労働情勢、給与事情に訴外金山と同じ時期に訴外第一交通株式会社にタクシー運転手として入社した前平統喜美の給与が昭和三五年四月~六月までの間の平均賃金(三万七一三四円)に比し昭和三七年四月から六用までの平均賃金(四万二四六八円)においてはこの間の二年間だけで五三三四円上昇していることを考え合せると、右の上昇は給与体係の向上、物価の値上り等の原因によつて生じたものであつて訴外金山の労働能力の回復によつて生じたものではないと考えられ、又昭和三四年四月当時月額平均賃金三万五二七八円を得ていた訴外金山は昭和三八年六月当時までタクシー運転手として勤務していた場合当然右三万五二七八円に前記得べかりし利益八三九八円を加えた四万二五六八円以上の賃金を受け得たものと推認されるから、結局訴外金山の得べかりし利益の衷失の額は前記認定の八三九八円を下廻るというべきでないことは明らかである。

成立に争いのない甲第一号証の一によれは訴外金山は本件事故当時満四〇才であつたことが認められ、満四〇才の男子の平均余命が二五年間を下廻らないことは公知の事実であり、訴外金山は本件事故による障害がなければ以後少なくとも一五年間はタクシー運転手とし勤務しえたものと考えられる(原告は同人の稼動可能期間を満六五才までの二五年間と主張するがタクシー運転手という職務の性質上五五才を越えても務勢しうるものとは認め難い)から昭和三五年四月から一四年間(本件事故後昭和三五年三月三一日までについては休業を余儀なくされた損害として第1項において考慮済みである)毎月八三九八円の得べかりし利益を喪失したものというべきである。

これを本件不法行為時における一時払いの金額としてホフマン式計算法(月別復式)により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると一〇二万七九七九円となる。

五、結局本件事故による前記傷害のため訴外金山のこうむつた損害は合計一五二万七四六六円となる。

六、自動車損害賠償保障法第三条たゞし書の免責事由の有無-被告会社関係

被告会社は本件事故の発生については被告青木には過失がなく、専ら訴外金山の過失に基くものであり、又被告会社は被告青木の選任監督について十分な注意を払つたから損害賠償責任を負わないと主張する。

しかし原告が被告会社に対して請求している本件損害賠償請求権は自動車損害賠償保障法第三条本文に基くものであるから、仮に被告会社の主張が全てそのとおりであるとしても、被告会社は右の事実だけでは免責を主張することはできないものといわなければならない。

又本件事故の発生について被告青木に過失があつたことは第二項に認定したとおりであり、被告青木本人尋問の結果によれば本件事故の前日被告青木は午前八時から午後一二時までの勤務であり午後一一時ごろ被告青木が寝ていたところ車がないため走つてくれといわれ本件事故当日までタクシーを運転していたこと、本件事故当時被告青木は風邪をひいて頭痛がしたため休ませて欲しいと申出ていたにも拘わらす、被告会社はこれを認めず被告青木を勤務させていたことを認めることができ、右事実によれは被告会社に被告青木の監督について過失があることは明らかである。被告会社の主張は採用できない。

七、過失相殺

被告両名は本件事故の発生については訴外金山にも過失があると主張する。

第二項において被告青木の過失を認定する際に説明した本件事故の際の状況からすれば訴外金山が進行してきた道路は被告青木が進行してきた道路よりも明らかに広い道路であつたから道路交通法上同人は本件交差点において除行する義務を負うものではないが(道路交通法第三六条第一項第三項)本件事故当時は雨上りで霧がかゝり見通しが悪い状態であつたから車輌を運行するものとしては絶えず前方を注視し、交差点に差しかゝつた際には自己が徐方する義務を負わない交差点であつても交差する道路に注意し横側の道路から進行してくる車輌の有無を確認し、進行してくる車輌があるときには相手方が停止若しくは除行することに期待せず自らも除行するなど適切な措置をとるべき注意義務があるものというべきである。

証人金山三厳の証言によれば同人は道路の両側に注意せず進行してくる相手方の車に衝突直前まで気付かずそのまゝ、時速四〇キロの速度で除行することなく進行したことが認められ、右事実からすれば本件事故の発生については訴外金山にも過失があり、同人の過失も本件事故の一因となつたといわなけれはならない。

そこで右金山の過失を斟酌すると被告両名が訴外金山に賠償すべき賠害額を一〇〇万円と定めるので相当である。

八、訴外金山の被告会社に対する損害賠償請求権放棄の有無-被告会社関係

被告会社は昭和三四年五月二七日自動車損害賠償責任保険金一〇万円と現金五万円を訴外金山に支払つて示談をなし訴外金山は爾後被告会社に対する一切の損害賠償請求権を放棄したと主張するのでこの点を検討する。

昭和三四年五月二七日訴外金山が被告会社と示談をなし、自動車損害賠償責任保険金一〇万円のほか現金五万円を被告会社から受領したことについては当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第五、六号証、証人上田実(第二回)証人金山三厳の各証言によれば右示談は訴外金山と被告会社事故係上田実の間でなされたものてあつて、その内容は被告会社は訴外金山の本件事故による入院治療費及びこれに付帯する一切の費用は被告会社において負担し他に訴外金山に見舞金として五万円を支払う、治療費及びこれに付帯する一切の費用は自動車損害賠償責任保険金をこれに充てるがこれで不足する部分については訴外金山において労災保険から給付を受けること、被告会社において労災保険法による第三者行為支払いの責に当るものとする条件で円満示談解決するというものであること、右示談の成立の前提となる交渉は主として訴外金山の代理人である訴外第一交通株式会社渉外課長村上と被告会社事故係上田の間でなされたものであること、右交渉の過程において被告会社事故係上田は訴外金山が労災保険金を受領することを認めていたこと、示談契約の際被告会社が労災保険法による第三者行為の支払いの責を負うとの条項が加えられたのは、訴外金山の代理人である前記村上が右上田に対し金山が労災保険の給付を受けられなくなるとかわいそうだから右の条項を入れて欲しいと申入れ、右上田においてもこれを了承してこの条項が加えられたものであること、もし訴外金山が労災保険金の給付が受けられないのであれば被告会社は訴外金山に少くとも三〇万円程度は支払つたと思われること被告会社においても必ずしも労災保険法による第三者行為の支払いの義務を否定しているわけではなく、ただ本件事故については双方に過失があるから国が補償した全額について求償されるのは苛酷であると考えているものであること、を各認めることができ他に右認定に反する証拠はない。そして右認定の事実からすれば、訴外金山が右示談により自動車損害賠償責任保険金一〇万円と見舞金五万円の支払いを受け爾後被告会社に対する一切の損害賠償請求権を放棄したものとは認め難く、むしろ訴外金山は労災保険によつて給付を受け得べき金額の範囲で被告会社に対する損害賠償請求権を留保し、被告会社に対するその余の損害賠償請求権のみを放棄したものと解するのが相当である。

よつて被告の主張は採用できない。

九、成立に争いのない甲第一号証の一、二、証人金山三厳の証言によれば原告と訴外第一交通株式会社との間には労働者災害補償保険関係が成立していること、訴外金山は右第一交通の業務であるタクシー運転の業務に従事中本件事故による損害をこうむつたものであること、原告は訴外金山に対し昭和三四年一二月二三日までの間に合計六二万四六八円の保険給付を行つたことを認めることができ右認定に反する証拠はない。

そして右事実によれば原告は労働者災害補償保険法第二〇条により右保険給付の価額六二万四六八円の限度で訴外金山が被告両名に対して有する前記損害賠償請求権を取得したものというべきである。

一〇、被告会社は第八項記載の主張が理由がないとしても右示談に際し被告会社が訴外金山に対して支払つた自動車損害賠償責任保険金一〇万円と現金五万円は本件労災保険給付をなすについてその給付金額から控除すべきであつたと主張する。

成立に争いのない甲第一号証の二によれば被告主張の自動車損害賠償責任保険金一〇万円については本件労災保険給付をなすに当つて既に控除済みであり、原告主張の六二万四六八円は右一〇万円を控除した額であると認められるから被告会社の主張は採用できない。

又被告会社から訴外金山に支払われた現金五万円についてはこれが見舞金として支払われたものであること前記認定のとおりであり、見舞金とは通常の用語によれば精神的損害に対する慰藉料を意味することから訴外金山においても右の趣旨で受領したものと推認されるし又証人上田実の証言(第二回)によれば被告会社自身も右五万円を慰藉料の趣旨で支払つたものであることを認めることができる。

ところで労働者災害補償保険法による給付は労働者の生命、身体の傷害に対する物質的損害の補償を目的とするものであつて、精神的損害に対する補償をその対象とするものではないから、被告会社が訴外金山に慰藉料として五万円を支払つても、同法第二〇条第二項にいう同一の事由について被告会社が訴外金山に支払つたものとは認められないから、労災保険の給付に当つて原告がこれを控除しなかつたのは当然であつて被告の主張はその理由がない。

一一、結論

以上のとおりであつて被告両名に対し連帯して不法行為による損害賠償請求として金六二方四六八円及びこれに対する本件不法行為の後であり、且つ原告の訴外金山に対する労災保険給付の日よりも後である昭利三四年一二月二四日から支払い済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告の本訴請求は全部正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山内敏彦 羽柴隆 小田健司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例